「矯体研究」



「矯体の概念」・・・矯体とは筋肉に注視して人体を正す事を主旨としています



 骨格の歪みが人体に様々な悪影響を及ぼす事は知られていますが、医学的にその歪みの根本的な原因となるものは未だに解明されていません。これは、細分化された医療体制が人体の全体像を掌握出来ない仕組みを生み出してしまった事と、一般的な筋肉の衰えを云々するのは医療の領域外とする古典的な見解によって、骨に与える筋肉の事情が全く顧みられなかった事が原因解明を遅らせた要因ではないかと考えられます。

 人体には二百六の骨があり、そのを動かす筋肉は五百とも六百とも数えられ、それらが巧みに連携と連動する事によって身体機能が支えられていますが、ほんの一箇所の不都合によって、それらの連帯と連動に支障が生じてしまいます。中でも腰部の支障は、その最たるもので一度腰を痛めてしまえば人体の連動と連携に与える影響は計り知れず、ギックリ腰にでもなれば、その機能は瞬時にストップしたのも同然の状態に陥ります。

 一般的に、我慢出来ない腰痛に遭遇した場合にお世話になるのは、整体院、整形外科医院、整骨院、鍼灸院、指圧院、等の施設ですが、こう云った施設は飽くまでも患部を治療する所であり、その根本的な原因の解明を研究する所ではありません。然し、腰痛は飽くまでも原因に対する結果として表れたものであり、その根本となる原因を解明して予防に役立てない限り必ず再発を繰り返し、発症と治療のイタチゴッコが始まり、やがてそれが慢性病として定着してしまいます。

 どの病気に関わらず当事者である患者の苦しみは相当なものがありますが、患者の痛みに反して腰痛ほど軽くあしらわれるものも珍しく、ギックリ腰などは心配されるより笑われる事の方が多いほどです。これは、命に別状が無い事と時間が経てば治ると云う安心感がもたらすものですが、実はこの見識のなさが腰痛の一番厄介なところであり、慢性化や再発を繰り返す要因にもなっています。年老いて、大した病気でも無いのに寝たきりになってしまう多くの原因は腰痛でありますし、腰痛には内臓の病気や腫瘍などが原因となっている事もあり、時間が経てば治ると高を括っていると手痛い目に遭ってしまいます。

 腰痛は人間にとって一番なじみの深い症状でありながら、それに対する対応は非常に遅れており、治療側の最先端に位置する筈の医学界にあっても、腰痛解明に前向きになったのは此処十年くらいとされています。しかも日進月歩と評される医学を以ってしても、原因解明は凡そ十五パーセントで、残り八十五パーセントは原因不明のままと云う結果に止まっているのが現状ですが、それにも況して患者側の認識が腰痛の先に待ち受ける肉体的災難に全く及ばないと云う危機感の欠如は危惧しても余りあります。本当の腰痛の怖さは、立つ、座ると云う基本姿勢を奪われる事と、それによって寝たきりになっても尚痛いと云う最悪の結果を招く事にあります。

 然し、医学が解明したとされる十五パーセントの原因も、突き詰めて行けば原因に対する結果に過ぎません。患者のレントゲンに写る椎間板のヘルニアを指して、この患部が腰痛の原因として十五パーセントの一角を占めるとすれば、その原因の殆どは激しいスポーツや事故か加齢による骨粗しょう症に求められる事になってしまい、筋肉の状態にまで言及されることはありませんが、これらの場合も筋肉が適正に付いて機能していれば防げる事例は少なくありません。腰痛の原因に感染症の脊椎カリエスや腫瘍及び腎臓や尿管の結石などの内臓由来のものが隠れている場合や事故に因るものは別として、概ね緊急を要さないケースが殆どであり、激痛を伴うギックリ腰の場合などでも何日間か安静にしていれば治ってしまい、患者も治療側にも腰痛に対する緊迫感は余りありませんが、こう云った事を繰り返す内に徐々に筋肉が萎縮して姿勢が悪くなり、結果的に椎間板に支障が起こってしまいます。

 外科や内科の治療分野の腰痛は別としても、少なくても八十五パーセントの腰痛の多くは筋肉の歪みや萎縮が 齎す事は疑いようも無く、殊に腹筋の衰えは腰痛と直結しており、腰痛の根本的な原因は腹筋の衰えと定義しても過言ではありません。骨と筋肉の関係に於いて腹筋と骨は異質の関係を築いており、腹筋は他の筋肉と違って個々の骨を動かす事よりも上体を支える事に重点が置かれています。腰椎に掛かる負荷の殆どは腹筋が吸収しており、この腹筋が衰える事によって腰椎の支えは疎かになってしまい、些細な負荷であっても腰椎に直接掛かって来ます。

 人体の運動と骨格と、それを動かす筋肉によって成り立っていますが、腹筋はその運動の中心である腰椎を支える唯一の筋肉であり、その腹筋を構成する外腹斜筋や腹直筋は人体のつっかえ棒と壁の働きをしています。本来、腹筋は正しい姿勢をしている限り、易々と衰える筋肉ではありませんが、「負荷を逃す」と云う人体の仕組みによって楽な姿勢を無意識に受け入れてしまう内に、徐々に姿勢を悪くしてしまいます。悪い姿勢とは腹筋以外のところに負荷の掛かる姿勢の事で、正しい姿勢とは腹筋に負荷の掛かる姿勢ですから、常に腹筋に負荷の掛かる姿勢を心がけている限り、腹筋が衰える事も腰痛が起こる事もありません。

 正しい姿勢で腹筋に大きな負荷が掛かるのは前屈姿勢を支えた状態ですが、多くの場合前屈姿勢を支えるのは腹筋よりも背筋であり、それによって前屈姿勢は腰に負担が掛かってしまいます。腰痛と二足歩行の因果関係は常に議論されるところですが、安定した四足歩行から不安定な二足歩行に移行した陰には、背骨が上方に反り返ったと云う経過があり、現代人が二足歩行である事には何の問題もありません。然し、問題は七つの頚椎、十二個の胸椎、五個の腰椎、五個の椎骨がくっついた仙骨からなる脊柱の内、肝心要の五個の腰椎の支えの多くを腹筋に依存している事情を、我々が全く考慮しないで生活していると云う現実です。

 我々は、歩行に関して腹筋を意識する事はありませんが、腹筋と歩行は非常に密接であり、正しい歩行が正しい腹筋を作り、正しい腹筋が正しい姿勢を作ります。二足で歩く事によって生活の自由を手に入れ、それを前提として生活をしてきた我々は、その事が人体にどのような影響を及ぼしているのか振り返る事もありませんが、人体には二足歩行に適応する為の様々な仕掛けが隠されています。中でも「バランスと連動」は二足歩行のセンター・ポジションを占める要であり二足歩行の原点ですが、それを支えているのは腹筋です。

 四足歩行から二足歩行に移行した事によって腹筋の役割は、内臓を支える事よりも上体を支えると云う重役を担ってしまいましたが、通常はバランスと連動という人体システムによってサポートされており、その衰えが露見する事はありません。然し、習慣化された姿勢の悪さに加えメタボリックや加齢による筋肉の衰えは、深々と筋肉の働きを阻害しながら衰えさせていきます。肥満の場合は筋肉に替わって脂肪が上体を支える代役をこなしますが、腹を突き出して反身になる関係上で腰椎に常に負荷が掛かってしまいます。
   






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